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おんなのはきだめ

ダメなおんな、ダメなりにも生きるんだよ。

1つのバー、2人のおんな (前編)

忘れられないおんながいる。いや、生物学的には男だが。

 

 

彼女との出会いは、私が25歳の時だった。

地元の大学を卒業し、就職を機に上京した私にとって、東京の夜の街は、遊園地のようだった。

営業という仕事柄、飲み屋はずいぶん覚えた。今までに行ったことのないような敷居の高い店でも、会食で何度か行くようになってから、だんだん慣れてきた。

 

そのうちにむくむくと湧いてきた思いがあった。

「ひとりでバーで飲みたい。」

 

昔から憧れていた、バーでひとり、酒を飲む男の姿。(憧れるのは、いつも男だ)

映画の主人公たちは、女に振られたり、仕事で失敗したり、父親との確執が生まれた時など、カウンターに座り酒を飲む。その手にはいつも、ロックグラスに入った2、3センチのウイスキー(いや、バーボンか?)。

そう、彼らはいつもストレートでそれを飲み干す。

そんな自分だけの砦のような場所が欲しかった。

もちろん、初めから高級な老舗などひとりで行く勇気は出ないし、堅苦しいのではくつろげない。

それから思い立った時に特に調べず、直感に従って様々なバーの扉を開けるようになっていた。

 

バーにはストーリーがある。

扉。そのただの板も千差万別だ。重厚な扉、ガラスの扉、小窓で中が見える扉、鉄の扉、木の板、扉がなくエレベーターが開いたらすぐ店の所もある。

そしてそこを開け、ゆっくり歩いて席に着くまでが、私を一番ワクワクさせる瞬間だ。

 

1つとして同じ店はない。

音楽。ゆったりとしたジャズ、クラシック、ファンク、ソウル、やけに大きな音だったり、小さくボリュームを絞られていたり。

照明。大抵は暗めだがその塩梅も様々。かなり暗かったり、逆にしっかりとダウンライトの明かりがついていたり。スポットライトのように1つ1つの席の手元だけを照らしだしたり。

話し声。客層。バーテン。香り。室温。そしてなによりもお酒のスタイル、味、そして価格帯。それらが渾然一体となり、その店の空気を、その店らしさを作るのだ。

 

いらっしゃいませ。バーテンがおしぼりを差し出す。どれどれ、この店は、どんな筋書きで楽しませてくれるのか。

 

 

そうして私の小さな楽しみが、幕を開けた。

 

 

そのうちに、何度か行く店ができた。

客は多すぎず、バーテンも感じがよく(あまりバーテンから話しかけられるのは好きではない)心地よい空間であった。

私は凝ったカクテルは基本的には飲まず、いくつかの好きなウイスキーをソーダ割りや水割りにしてもらい飲んでいた。本を読んだり、ただ長時間ぼおっとしたり、1杯だけサクッと飲んで店を後にしたりした。

 

私のようによくいる男性がいた。

35歳前後と思われる、ちょっと筋肉質で高身長の、普通のサラリーマン。

お互い、存在はわかっていた。しかし特に興味も惹かれなく、言葉を交わすこともなく月日は流れた。その男性は昔からの客のようで、バーテンとかなり親しげに名前で呼び合ったりしていた。

 

ある夜、いつものように私はその扉を開いた。

その日は少しむしゃくしゃしていた。確か、食事に行った後だったがあまりおもしろくなく、飲み足りなかったように記憶している。ちょっと1人で遅くまで飲みたい気分だった。

いつも私が座る、L字カウンターの端の、その隣の席に、その男性は座っていた。

違和感を感じつつも、いつもの席に座る。

マッカランのソーダ割りを頼み、薄はりグラスに大きな四角の氷が2つ入ったそれを一口飲み、タバコに火をつけ、すうと煙を吐き出した頃、その男性が話しかけてきた。

「よくいらっしゃいますよね。」

私が警戒した表情をしたのだろう、目の前で作業をしていたバーテンが言った。

「大丈夫ですよ、この人、ゲイなんで。」

「ちょっとしんちゃん、バラすの早いわよ!」

急にオネエ口調になったその男性は笑った。

 

 

それが私と彼女との出会いだった。

 

 

建設会社で働いているという彼女は、3年前からこの店に通っていて、バーテンのしんちゃん(初めてその時に名前を知った)とは年も同じで、プライベートでも飲みに行くほどの仲の良さだという。

「あなたのね、ネイルがいつも可愛いから気になってたの。」

という発言に私は吹き出した。

彼女の中では、女のネイルには性格が出るという。

「いつもグレーとかネイビーとか黒とか、モテなさそうな単色ネイルでしょ。こりゃ一匹狼でこだわり強いタイプだと思ったの。仲良くなれそうだなって。」

思わずその洞察力に舌を巻いた。

 

それから私達が仲良くなるまで、時間はかからなかった。

連絡先は交換しなく、店でたまたま会ったら一緒に飲む。たまに彼女が友達と一緒にいる時は、こちらからは一切声をかけなかった。この日に会おう、という約束もしない。さっぱりとしていて、心地の良い関係だった。

 

ゲイだということは、職場では公表していないらしかった。

「えー、そんなにオネエ言葉なのに?」と尋ねると、「馬鹿、そんな詰めが甘いわけないでしょ。オフィスが見えた瞬間から男になるんだから。」と勝ち気に笑った。

 

お互いの恋愛の話も、私達は沢山した。彼女には長く付き合っている彼氏がいて、バーで働いているそうだ。その店で飲もうよ、というと、嫌よあんたみたいな女連れてったら店で浮いてしょうがないとぴしゃりと断られた。どうやらゲイバーらしい。

 

そういうお店で働こうとは思わないの?そっちの方がカムアウトしやすいし、気持ちとしては楽じゃないの?オネエなんだし、人気出そう、通うよ!と軽くいうと、急に真面目な顔になり彼女は言った。

 

 

あの子達は、強いからできるんだよ。

 

 

私は何度か行ったことがあるいわゆるオネエがいる店を考えた。お店で働く彼女達は、いつも元気いっぱいで、声が大きく、寛容で、自虐的だった。身の回りに起こったことを面白おかしく笑いに変えたりした。あらあなたハンサムね、タイプだわーと言ったり、女の子になによこのブス!などと言って場を盛り上げていた。私はみんながそういう性格なのだと思っていた。

 

「そんなわけないじゃん。大人しい子だって根暗だってコミュ障だって沢山いるよ。人間だもん。自分の性的なことを笑いに変えるなんてしたくない人の方が多いよ。」

 

彼女達は、「オネエ」のステレオタイプにならなければいけないのだ。

テレビででてくる「オネエ」が全てだと思っている人は多くいる。そしてそのようなものを求めて、エンターテイメントとしてやってくるお客が多くいる。それを全て飲み込み、彼女達は毎夜、「オネエ」になっているのだ。

 

「ゲイがみんなオネエなわけじゃないから。ただ恋愛対象が男なだけっていう人もいるし。私の彼氏もオネエじゃないわよ。ほんとに、色々よ。私が話しているのは『オネエ』として生きている人の話ね。女子でぶりっこタイプがいたり、あんたみたいな男勝りがいたりするのと同じで、みんな人それぞれ性格が違うのに、外見が男で心が女っていうだけで、1つのタイプにくくられちゃうの。誰に強要されているわけでもないのに、『オネエ』になって生きていく子達は、本当に強い。覚悟がいるんだから。」と彼女は話を締めくくった。

 

私は自分の思慮の浅さを深く恥じ、「楽そう」だと言ったことを謝った。

「いいのいいの、そりゃそう思うのが普通だし、たのしそうに見えてるってことで、あの子達の方がうわてよね。」

そう彼女は優しく微笑むのであった。

 

 

知り合って1年が過ぎた。仕事が忙しく、店に行けない日々が続いた。

久々に顔を出したその日は、彼女はいなかった。しんちゃんに最近あの人来ている?と様子を尋ねると、最近仕事が立て込んでるって言っていましたよ、とのこと。あんなに仕事忙しくてもここに入り浸っていたのにね、と軽く憎まれ口を叩きながらも、少し寂しさを覚え帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれから、彼女がその店に現れることはなかった。

(続く)