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おんなのはきだめ

ダメなおんな、ダメなりにも生きるんだよ。

彼氏がいるのに、彼氏がいないと言い続けるおんなたち。

 

 

 

女友達と「ドタイプな人が現れ、彼氏がいるか問われた時に、彼氏がいることを正直に言うか」という話になった。

 

聞くところによると、1人はタイプの前ではいないと嘘をつくらしく、もう1人はうまくいかなくて自然消滅状態、と答えるらしい。

 

私は誰に対しても正直に答えてしまう。

 

はなから「彼氏います」なんて言ったら、いいなと思われていても7割型シャッター閉じられちゃうよ、うまくやりなさいよといなされたのだが、その彼氏いるいない論議でふと、思い出したことがある。

 

 

 

 

大学生の時、1年半ほどスナックでアルバイトをしていた。

 

ゆるい店で、営業活動などはしなくてよく、酒をつくってだらだら飲んでればいいだけの店であった。

 

今考えるとなんともいい店だった。

お客は8割がた常連で、お客はママとチーママと、年下の仲の良い飲み友達に会いに来ている、という感じ。

 

お触りも、色恋も一切なかった。

ママがしっかり目を光らせていたし、私たちはしっかり管理されていた。

 

連絡先の交換をしたら報告。店の前後の時間はいいがプライベートでは2人では会わない。店の前後でも、会う時は前もってママに報告すること。

 

誰もお客とどうこうしたい女の子はおらず(失礼だな)平和だった。

 

いわば、名物店長がいるバーのようなもので、店全体みんなで会話しながら飲むような店だった。お客さん同士でも仲良くなったりしていた。

 

店は連日、満席だった。店に入れないお客には、空いたら後がママで連絡するなど、大流行りだった。

 

入った当初、「彼氏いるの?」とお客さんに聞かれた私は、いつもと同じように、「います」と答えた。

 

その日、店が終わり片付けをしている時にママに言われた。

「あのね、彼氏はね、いるなんてバカ正直に答えちゃダメ。これからはいないですっていいなさい。みんな夢をみにきているんだから。」

 

 

 

女の子は10数人くらい所属しており、毎日3、4人が勤務していた。

女の子はみんな可愛かった。

年齢は20歳ひとり、私21歳、その他は25~27歳の子がほとんどであった。

私以外みんな昼間は仕事をしていた。

 

女が集まると何かしらのどろどろしたものが起こるという通説などそっちのけで、私たちは仲がよかった。誰かが誰かのことを嫌ったり、悪口を言うことは一切なかった。私たちは、いい意味で無関心だったのだ。

 

みんなだいたい彼氏がいた。終わった後の店の片付けや、店じまいの後に軽く飲みに行く時は、恋話に花が咲いた。

 

そりゃあそうだ。可愛くて、器量が良くて、気さくな子ばかりだった。

彼氏と同棲している子も、婚約している子もいた。

みんなで飲みに行く時はひとしきり話して、飲んで、食べた頃にいつも誰かのケータイが鳴って、少したつと店の常連のお客やはたまた知らない男性が現れ、会計が速やかに行われたりした。

 

 

けれども、店では私たちは全員、長年彼氏がいなくて困っていた。

 

なんでみんな彼氏いないんだよ、こんな可愛くていい子たちばかりなのに!の声には、本当おかしいですよね、誰か紹介してくださいよ、と返すのであった。

 

もうアラサーなのに彼氏3年いないなんてやべえぞ生き遅れるぞ、といじられ、もう!ひどい!とむくれる子がいた。

 

3年付き合っている彼氏がいる子だった。

 

そんな会話が繰り広げられても、誰1人顔色を変えなかったし、むしろ一緒になっていじりあっていた。

 

店で唯一の大学生だった私にはさらにルールが課されていた。

 

「大学名を言わないこと」「内定先を言わないこと」「お客とfacebookでつながらないこと」

 

私はもともと大学名も内定先も言うつもりはなかったのだが、このことをわざわざ言われ少し驚いた。

 

お客の層は、なかなかの優良企業の人が多かった。

「言わないですけど、そんなこと気にしますかね?」

「もしかしたらそのことで、引け目を感じる人が、いるかもしれないから。」

 

 

facebookでつながらない」は、大学生の日常を見せるなということだ。

そこには、どうしても男友達が登場する。BBQ、海、旅行、学祭・・・

リア充な大学生活は、そこではマイナスでしかなかった。

 

 

私はどこの大学?と聞かれると、女子大です、と言った。来年からは中小企業で事務やります。それ以上を言及されることはなかった。

 

 女の子の職業は、バラバラだった。

 

幼稚園の先生、フラワーアレンジメントの講師、声優の卵、モデルの卵、スタイリストのアシスタント、等々。

何かになりたくて、仕事を両立させている子が、ほとんどだった。

 

 

  

ここは男の楽園だ、と感じた。

だれも、なにも、彼らの自尊心を傷つけるものはなかった。

 

みんな可愛くて底抜けに明るくて、優しくて、彼氏がいなくて、ちょっぴり馬鹿で、弱かった。

 

私はこの作られた空間を、全く滑稽だとは思わなかった。

ここはママがしっかりと年月をかけて作り上げた、楽園なのだ。

 

そこに咲く花は、丁寧に手入れされ、剪定され並んでいた。

 

そこでひとしきり遊んでも、だれひとりとしてトゲに傷つけられることも、蜜で服が汚れることも、きつい香りで、思わず顔をしかめることもないのだ。

 

全ての花は来た人を柔らかく優しく迎え入れた。

 

 

ただの小さなスナックだ。

一見すると、本当に適当な店だった。そしてゆるさを売りにしていた。

しかしゆるさの裏には、しっかりとしたフィロソフィーが、築かれていたのだ。

 

 

 

 

 

 

一番古株の女の子がいた。あきちゃん(仮名)だ。

あきちゃんはママが店をオープンした時からの唯一の女の子だった。

入った時は19歳の時だったそうだ。

そして、私が働いていた当時は、26歳になっていた。

 

あきちゃんは一番の人気者だった。

顔は石原さとみを少しきつくした美人と可愛いの中間くらいで、身長は158センチぐらい。

すこしふっくらしていて、おっとりした喋り方でみんなを癒していた。

昼間は幼稚園の先生をしていた。

 

みんなあきちゃんが大好きだった。毎日あきちゃんに会いに来る人もいた。

あきちゃんの誕生月は、お祭り騒ぎだった。

 

毎日ドンペリだの、ブーブクリコだのがポンポン空き、花やケーキが届き、さながら高級キャバクラのようだった。

店が終わってからもお客は帰らず、あきちゃんと別の店で飲み直したがった。

 

 

あきちゃんは控えめだった。面白いことを言って店を盛り上げるわけでもないが、ゆっくり、でも飽きさせずにいつも楽しそうにおしゃべりをしていた。

 

私も、あきちゃんが大好きだった。店に入った時に、しばらくの間は私について色々教えてくれたのはあきちゃんだった。いわゆる会社でのOJTだ。

 

先輩ヅラすることは決してなく、それでいてなれなれしくもなく、心地いい関係だった。つまりはあきちゃんは人との距離のとりかたがうまかったのだ。

 

 

あきちゃんが女の子達と個人的に飲みに行くことは1回もなかった。

 

 

 

 

 

事件は突然起こった。

 

あきちゃんの田舎のお母さんが倒れ、看病するために東北の田舎に帰らなければならなくなったこと、1週間後にあきちゃんは辞めることがママから伝えられた。

 

私たちはみな心配し、あきちゃんが去ることを大いに悲しんだ。

 

今まで足が遠のいていたお客も、過去に働いていた女の子にもその連絡は行き、みなが店に詰めかけた。

 

 みんながあきちゃんの思い出話をした。みんなでたくさん写真を撮った。

誰かがチェキを持ってきて、あきちゃんとのツーショットを順番に取り、メッセージを書き込んだ。酔ってうまく書けない客の代筆を、叱りとばしながらママがした。

 

そんなママも、その日はすごく酔っていた。19歳の時のあきちゃんはね、と何度も同じ話をした。たくさんのチェキを、ママは大事そうにカウンターの中の壁に貼った。

あきちゃんは、最後にちょっぴり泣いた。

その1週間、店の売り上げは過去最高記録を達成した。

そうしてあきちゃんはいなくなった。

 

 

 

 

 

その半年後、ママからあきちゃんが地元で結婚したことを伝えられた。

母親の看病をしながら地元で働いていた時に出会った人と、電撃結婚だそうだ。

 

 

もしかして、と私は思った。いや、女の子みんなが思った。

 

 

その場にいた古くからのお客が言った。 

「さすがはあきちゃんだよ。あんな可愛い子、田舎では目立つだろうしね。地元でも評判だろうに。」

 

誰も何も答えなかった。

 

 

 

その後私は無事大学を卒業し、店を去った。

店の女の子とそれから会うことはなかった。

 

 

しかし2年が過ぎた頃、ひょんなことで店を思い出し、かつての女の子をfacebookで検索した。そのつながりで、あきちゃんのアカウントを見つけた。

 

 

 

あきちゃんは横浜に住んでいた。

そして、2児のママだった。

 

 

 

シナリオはこうだろう。

妊娠が発覚し、そのタイミングで結婚をすることとなり、店を辞めることにした。

一番、綺麗な言い訳を考えたんだと思う。

そして誰にも、本当のことを告げず彼女は去った。

 

 

東北のご実家に戻っていたかは不明だし、そもそも実家が東北かどうかも怪しい。

今まで誰一人として、あきちゃんから彼氏の話を聞いた女の子はいなかった。

 

 

 

 

ああ、完璧だと思った。

裏切られた気分にはならなかった。

あきちゃんは女神の役を完成させたのだと思った。

あきちゃんは、あきちゃんなりの完璧な女性像を、お客とそして私たちに植え付けたことで、完成された。

 

「昼は幼稚園の先生をし、夜は皆から愛されかわいがられ、母親の看病に地元に戻り、献身的に生きる彼女はそこで出会った素敵な男性に見初められ、結ばれる。」

  

 

最後まで自分の女神の役割をきっちりと演じきって彼女は舞台から去った。

そして、彼女と仲良くしていたお客の心の中では、ずっと女神はその美しい姿を変えず、生き続けるのだ。

 

 

今となっては、幼稚園の先生をしていたことすら、本当かわからない。

だれも、彼女の本当の姿を知らなかった。

だれも、彼女の本音を、苦しみを、悩みさえも、知らなかった。

7年もあの店にいたのに!

彼女はあそこで、違う自分を生きていた。

自分の「本当の」生活を守るため?「本当の」仕事や恋人や、友人のため?

 もう、確かめる術もない。

 

 

 

 

 

去年、惜しまれながら店は閉店した。

ママからは丁寧にラインが来た。私は、辞めてから一度も顔を出さなかったことを詫びた。

 

 

私の中では、あの楽園も、女神も、ずっと変わらずにあそこにある。

 

 

 

これから先も、私は誰の前でも、彼氏の有無を馬鹿正直に答え続けるだろう。

その度に、あの楽園を思い出して、きゅっと胸がしめつけられるのだ。